東京高等裁判所 昭和36年(ネ)537号 判決
よつて案ずるに、記録に綴られている第一審における被告株式会社葵物産を除くその余の被告ら六名の弁護士植木敬夫に対する昭和三四年二月一九日附訴訟委任状(記録五〇丁)並びに当審証人佐藤進の証言と弁論の全趣旨とによれば、右訴訟委任状は、同弁護士において白紙に委任事項として「一、東京地方裁判所昭和三三年(ワ)第一〇、五五七号家屋明渡等請求事件に関する一切の件、一、民事訴訟法第八一条第二項に規定する事項」と記し、同弁護士を訴訟代理人と定める旨の文言を記載した上、被告らの署名押印を求めた結果作成されたものであつて、右委任状の記載によるとあたかも被告森長彦らは同弁護士に対し控訴等に関する特別授権をしたもののようではある。(被告株式会社葵物産の同弁護士に対する昭和三四年六月一〇日附並びに同年三月二五日附訴訟委任状(記録二七五丁、二八〇丁)は印刷された用紙が用いられており委任事項として控訴等の特別授権事項が記載されている。)しかし、当審証人佐藤進の証言と弁論の同趣旨によれば、第一審において被告ら七名が同弁護士に訴訟委任をするに至つたのは、昭和三四年二月中旬頃被告佐藤進が他の被告らの代理人をともなつて同弁護士方を訪れ訴訟を委任したい旨申し出たことによるものであるが、同被告は、かつて別の訴訟事件において弁護士を代理人に選任した際第一審においてはかばかしい結果を得られず控訴審は他の弁護士に依頼した経験もあつて、右のように本件について弁護士植木敬夫に対し委任の申出をしたとき、さしあたり第一審のみを委任する意思であり控訴上告等についてまでもこれを包括的に委任する意思をもつておらず、訴訟代理権授与の範囲も右の範囲に限る意思であつたこと、従つて本件委任状には民事訴訟法第八一条第二項に規定する事項との記載のあることは前記の通りではあるが、これはただ普通の市販の委任状と同様の記載をしたに止まり、事実においては、控訴上告の権限までも同弁護士に授与することは同被告として同弁護士には決して表示しておらず、同弁護士またその趣旨を了承して控訴上告の権限はないものとして、その委任を受けたものであること、被告株式会社葵物産を除くその余の被告らは、被告佐藤進から同被告が同弁護士から預つた用紙を示されるままに単に署名押印したにすぎないものであつて、右と全く同様の関係であつたことが認められる。第一審において被告ら七名が全員敗訴の判決を受けながら、弁護士植木敬夫は第一審において控訴の特別授権を受けているとすれば容易に控訴の提起をしうる筈であるのに、被告森長彦の相続人である控訴人らに関してわざわざ戸籍謄本数通をそろえまた新たに委任状をも徴する等煩雑な手数をかけて改めて控訴の権限の授与を受けて控訴の提起に及んでいることは弁論の全趣旨に徴して明らかであり、さらに被告森長彦を除く被告ら六名が控訴期間内に控訴状を当裁判所に提出するに際し改めて同弁護士に対する訴訟委任状を添附していることは当裁判所に顕著な事実であるが(当裁判所昭和三六年(ネ)第四三三号事件)、これは被告らが第一審において同弁護士に対し控訴の権限を付与しなかつたことを支持するものといえよう。したがつて、被告森長彦は第一審において弁護士植木敬夫に控訴の特別授権をしていなかつたということができる。
(山下 多田 吉井)